百貨店の時計売り場で、文字盤のない不思議な時計や、ローマ数字が端正に並ぶ時計を見かけて、「ユリス・ナルダン」という名前が頭に残った方もいるはずです。ロレックス(Rolex)の次の一本を探しているけれど、周りに伝わるブランドなのか、アバンギャルドなのかクラシックなのか、どうにもイメージがつかみにくいと感じていませんか。そんなもやもやを抱えたまま検索された方が多いと思います。
さて、先に答えを置いておきます。ユリス・ナルダン(Ulysse Nardin)は、一言でいえば「挑戦を続ける実力派マニュファクチュール」です。前衛的なフリーク(Freak)と実直なマリーン トルピユールは別々の顔に見えますが、根っこには航海計器の精度への執着という一本の線が通っています。
ここでは、そのイメージを海・前衛・工芸・独立系という4つの顔に分けて根拠を示します。後半では、周囲への伝わり方や似合う人、価格帯やリセールの現実まで整理します。
- ユリス・ナルダンのイメージを形づくる4つの顔と、それぞれの根拠
- フリークの仕組みと、誰がどのようにして生み出したのか
- ロレックスや雲上ブランドとの「伝わり方」の違いと似合う人
- クラシコの現在・価格帯・リセールから見たイメージの現実
ユリス・ナルダンのイメージを4つの顔で読み解く

一言でいえば「挑戦を続ける実力派マニュファクチュール」
「ユリス・ナルダンってどんなブランド?」と聞かれたら、私は挑戦を続ける実力派マニュファクチュールと答えます。1846年にスイスのル・ロックル(Le Locle)で創業した老舗でありながら、2001年には文字盤も針もない時計を世に出しているからです。歴史の長さと実験精神が同じブランドの中に同居している点が、ほかの老舗とは一線を画すところです。
この見立ては、私個人の印象だけに頼ったものではありません。ブランド自身もユリス・ナルダン公式サイトの沿革ページで、マリンクロノメーターからシリコン部品、複雑機構に至る挑戦の節目を年表として並べています。
専門メディアの形容も、驚くほど似通っています。OPENERSが2020年2月に公開したインタビュー記事は「自由のマニュファクチュール」という言葉を掲げ、HODINKEE Japanは2022年3月の記事で「伝統と革新」という軸からブランドを紹介しています。
EMIRIアバンギャルドとクラシック、正反対のイメージが両方あるのが不思議です。結局どっちが本当なんですか?



どちらも本当です。が、両方を生んでいる根っこは同じで、それが「精度への執着」だと私は見ています。
この記事では、ばらばらに見えるユリス・ナルダン像を次の4つの顔に分けて読み解きます。
| 顔 | 象徴するモデル・事柄 | 根拠の年 |
|---|---|---|
| 海 | マリンクロノメーター/マリーン トルピユール | 1846年創業、1946年に天文台認定品の77% |
| 前衛 | フリーク | 2001年発表 |
| 工芸 | ドンツェ・カドランのエナメル文字盤 | 2011年に全株式を取得 |
| 独立系 | 経営陣による買収(MBO) | 2022年に独立を回復 |
一見まとまりのない4つですが、私はこれを一本の線で読んでいます。船の上で狂わない時計を作るために磨かれた精度への執着が、フリークのシリコン部品にも、エナメル文字盤の緻密な仕事にも通じているというわけです。
クロノジャーニーの分析視点である「4つの柱」でいえば、海の顔は「メゾンの遺産」、前衛の顔は「機構の解体」、工芸の顔は「匠の美学」にそれぞれ重なります。まあ、独立系の顔だけは柱というより「今」の話ですが、所有する人の納得感に関わる要素として後の章で触れます。
海の顔:マリンクロノメーターの名門と横浜の縁


ユリス・ナルダンに「海の時計」という印象を持つ人が多いのは、マリンクロノメーターの実績があまりに大きいからです。公式の沿革によれば、1862年のロンドン万博で金メダルを受け、1865年には懐中クロノメーターで最高位のPrize Medalを得ています。
マリンクロノメーターとは、船の上で経度を割り出すために使われた高精度の携帯時計のことです。公式サイトのマリーン コレクションの歴史ページには、50以上の海軍に採用されたと記されています。さらに公式の沿革は、創業100周年の1946年時点で、ヌーシャテル天文台が認定したマリンクロノメーターの77%がユリス・ナルダン製だったとしています。
日本の読者にとって実感しやすいのは、横浜との縁でしょう。クロノス日本版(webChronos)の2024年7月の記事によれば、横浜はユリス・ナルダンを日本に持ち込んだファーブル・ブラント商会と、マリンクロノメーターのメンテナンスを担ってきた宇津木計器の創業の地です。
- ファーブル・ブラント商会:ユリス・ナルダンを日本に持ち込んだ商会
- 宇津木計器:マリンクロノメーターのメンテナンスを担ってきた会社
- 商館のプレート:マリンクロノメーターの上蓋に残る、横浜の商館を経由した証し
横浜・元町の正規販売店COMMON TIMEの公式ブログ(2023年10月)は、マリンクロノメーターの上蓋にファーブル・ブラント商会のプレートがあり、横浜の商館を経由して入ってきた個体だと分かる、と紹介しています。そのCOMMON TIMEが創業60周年を記念して、グラン・フー エナメル文字盤のマリーン トルピユール限定モデル(60本)を出したのも、この縁を踏まえると腑に落ちる話です。
なお、日本海海戦で連合艦隊旗艦を務めた戦艦「三笠」にも、同社製のデッキクロノメーターが搭載されていたとクロノス日本版は伝えています。
港町の地名とここまで具体的に結びつく海外ブランドは、そう多くないような気がします。日本の読者にとって、ユリス・ナルダンの「海の顔」は横浜の顔でもあります。
マリーン トルピユールに宿る航海計器の意匠


腕の上で「海の顔」を最も素直に体現しているのが、マリーン トルピユール(Marine Torpilleur)です。2017年に、既存のマリーン クロノメーターを軽く薄くした普及版として登場した42mmのモデルです。名前は19世紀後半に現れた小型高速の魚雷艇(torpilleur)に由来すると、Time+Tideやtimetransformedが紹介しています。
文字盤でまず目に入るのは、12時位置のパワーリザーブ表示と6時位置のスモールセコンドという二つ目の配置です。時計メディアのMonochromeは、この配置をマリンクロノメーターの表示に由来するものと解説しています。
| 意匠の要素 | 受け継いだもの |
|---|---|
| 12時パワーリザーブ・6時スモールセコンド | マリンクロノメーターの表示配置(Monochromeの解説) |
| ローマ数字・カテドラル針 | 伝統的なマリンクロノメーターの意匠(公式マリーン頁の説明) |
| フルーテッドベゼル・番号入りサイドプレート | 同じく伝統的なマリンクロノメーターからの継承(公式) |
見た目だけではありません。搭載するキャリバーUN-118は自動巻き・4Hz・パワーリザーブ60時間で、シリコン製のヒゲゼンマイと、合成ダイヤモンドをコートしたシリコン脱進機DIAMonSILを備えています(Time+Tide)。航海計器の意匠をまといながら、中身には前衛の顔で培った素材技術が入っています。



でも、フリークと比べるとちょっと地味じゃないですか?



まあ、地味なのは否定しません。が、その地味さこそがこの時計の持ち味なんです。
実際、クロノス日本版の編集部座談(2022年11月)では「地味だけど良い時計」と評されています。動画レビューでも「人と被らない」という長所が語られる一方、「夜光がなく夜は読みにくい」という短所が挙がっていました。実用のすべてを満たすわけではない点も、正直に押さえておきたいところです。
私自身、トルピユールは「いつか狙いたい」と考えているモデルです。前衛のイメージばかりが先行しがちなブランドのなかで、こうした実直な一本が確かに存在していることが、ユリス・ナルダンの奥行きを作っているように感じます。
前衛の顔:ムーブメントが針になるフリークの衝撃


2001年に発表されたフリークは、ユリス・ナルダン公式サイトのフリーク紹介ページの言葉を借りれば「文字盤なし・針なし・リュウズなし」の時計です。時刻を示すのは、回転するムーブメントそのものです。



針がないなら、どうやって時刻を読むんですか?



ムーブメント自体が針の代わりをするんです。順番に見ると分かりやすいですよ。
- ムーブメント全体が文字盤の位置で回転する
- 輪列を載せた部分が、そのまま巨大な分針として分を指す
- 香箱のカバーが時針として働き、時を指す
時計専門メディアSJXの解説(2024年2月)によれば、輪列が巨大な分針を兼ね、香箱カバーが時針として機能するという仕組みです。普通の時計なら文字盤の下に隠れている機械が、表示の主役に躍り出たことになります。
文字盤のない顔。回る輪列。時を指す香箱。
これはもう、時計というより動く機械彫刻だ。前衛というイメージの核心がここにある、というわけです。
フリークの革新は見た目だけにとどまりません。公式の沿革は、2001年のフリークを「シリコン部品を使った初の時計」と記しています。SJXによれば、初代はデュアル・ダイレクト脱進機という独自の脱進機を持ち、そこにシリコン製のガンギ車を用いていました。
表示の常識を裏返したことと素材の常識を変えたことという二重の革新を、フリークは1本で成し遂げています。その後もユリス・ナルダンは2006年にシリコン部品を製造するシガテック(Sigatec)を設立し、2007年にはダイヤモンドをコートしたシリコン脱進機DIAMonSILを発表しています(公式)。
ここで思い出したいのが、マリンクロノメーターの話です。狂わない時計を求めた名門が、新しい素材で精度の常識を塗り替えにいったのです。私には、前衛の顔と海の顔が同じ線の上に並んで見えます。
フリークは一人の天才の作品ではない
フリークの紹介で「天才時計師が一人で設計した」という語られ方を見かけることがありますが、実際の成り立ちはもっと立体的です。原案、量産の判断、量産に向けた再設計という複数の段階を、別々の人物が担っています。
出発点は1983年です。ロルフ・シュナイダーがユリス・ナルダンを取得し、ルートヴィヒ・エクスリン博士との協業を始めました(公式)。この協業からは、アストロラビウム(1985年)、プラネタリウム(1988年)、テルリウム(1992年)の天文三部作が生まれています。
フリークの原案は、時計師キャロル・フォレスティエ=カザピ氏の構想です。SJXによれば、ドーナツ状の香箱を持つ回転ムーブメントで、リュウズを持たずにベゼルを回して巻き上げと時刻合わせを行うという内容で、1997年にアブラアン=ルイ・ブレゲ財団賞を受賞しました。フォレスティエ=カザピ氏は、その後ユリス・ナルダンに一時在籍しています。
ここでシュナイダーが量産化に強い関心を示し、エクスリン博士が巨大な主ゼンマイをムーブメントの下に配置するなど、量産できる形へ再設計しました(SJX)。公式も、開発の中心人物として4名を挙げています。
| 時期 | 人物 | 役割・出来事 |
|---|---|---|
| 1983年 | ロルフ・シュナイダー | ユリス・ナルダンを取得し、エクスリン博士と協業を開始 |
| 1997年 | キャロル・フォレスティエ=カザピ氏 | 回転ムーブメントの構想でブレゲ財団賞 |
| 量産化の段階 | ロルフ・シュナイダー | 量産の判断(経営) |
| 量産化の段階 | ルートヴィヒ・エクスリン博士 | 量産向けの再設計(数学者) |
| 量産化の段階 | ピエール・ギガックス氏 | 技術ディレクター(公式が挙げる4名の一人) |
| 2001年 | ユリス・ナルダン | フリーク発表 |
もう一つ興味深いのが、原案者のその後です。スイス高級時計財団(FHH)の百科によれば、フォレスティエ=カザピ氏は2005年からカルティエ(Cartier)でムーブメント開発を率い、2020年にはタグ・ホイヤー(TAG Heuer)のムーブメント・ディレクターに就いています。
なお、同氏のユリス・ナルダンでの在籍の形は、資料によって「入社」「コンサルタント」と表現が分かれます。本記事では「一時在籍」と表現しておきます。
この連鎖から見えるのは、ユリス・ナルダンの「挑戦」が個人技ではなく、外の才能を見抜いて量産まで押し切る組織の判断だったということです。前衛のイメージの裏には、そうした経営の胆力があると私は見ています。
工芸の顔:ドンツェ・カドランが支えるエナメル文字盤


前衛のフリークと対極にあるのが、エナメル文字盤という伝統工芸の顔です。ユリス・ナルダンは2011年9月1日、エナメル文字盤の名門ドンツェ・カドラン(Donzé Cadrans)の全株式を取得しました。スイス時計協会(FH)がこの取得を伝えています。
1972年にエナメル職人フランシス・ドンツェが創業した文字盤工房です。のちに娘のフランシーヌと娘婿のミシェル・ヴェルモが加わり、2011年の株式譲渡は引退するヴェルモ夫妻からユリス・ナルダンへ行われました。
公式サイトは、エナメルの技法としてグラン・フー、ギヨシェなどの彫りの上に透明エナメルを重ねる技法、クロワゾネ、シャンルヴェの4系統を挙げています。技法ごとの工程や見どころは、ドンツェ・カドランのエナメル技術とクラシコの詳細で詳しく紹介していますので、ここでは名前にとどめます。
注目したいのは、買収後もドンツェ・カドランが他ブランド向けにエナメル文字盤を供給していると、SJXが2011年の記事で伝えている点です。自社のためだけに囲い込むのではなく、工房としての技術と取引を保ったまま傘下に入った、という形になります。
こうしてユリス・ナルダンの屋根の下には、文字盤をなくしたフリークと、文字盤そのものを工芸品に仕立てるエナメルが並ぶことになりました。見た目は正反対ですが、どちらもわずかなズレを許さない仕事だという点で、私は共通するものを感じています。
公式の説明では、エナメルは約800℃で層ごとに焼き重ねられ、700色を超えるカラーパレットを持つとされています。量産品のように割り切れない緊張感を伴う仕事で、その緊張感を社内に抱えていることが、ブランドのイメージに静かな厚みを与えているように思います。
実はエナメル文字盤は、私が「いつか手に入れたい」と思い続けているものの一つです。フリークに惹かれる気持ちとエナメルに惹かれる気持ちが一人の中で矛盾しないのは、案外このブランドの成り立ちと同じ構造なのかも知れません・・・
独立系の顔:2022年の独立と180周年の現在地
今のユリス・ナルダンを語るうえで欠かせないのが、独立系メゾンに戻ったという事実です。2014年7月30日、フランスの高級品グループであるケリング(Kering)が、シュナイダー家から全株式を取得すると発表しました。ユリス・ナルダンは、ジラール・ペルゴ(Girard-Perregaux)と同じ時計部門に組み込まれます。
2017年にはパトリック・プリュニエ氏がCEOに就任し、2018年からはジラール・ペルゴのCEOも兼任しました。そして2022年1月24日、ケリングは両ブランドの親会社ソーウィンド・グループを、プリュニエ氏率いる経営陣へ売却すると発表し、同年5月31日に売却が完了しています。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 2014年 | ケリングが全株式の取得を発表 |
| 2017年 | プリュニエ氏がCEOに就任 |
| 2019年 | リュウズを復活させたフリークXを発表 |
| 2022年 | 経営陣による買収(MBO)で独立を回復/フリークSを発表 |
| 2023年 | フリーク ワンがGPHG「Iconic Watch」賞を受賞 |
| 2026年 | 創業180周年・フリーク誕生25周年、[スーパー]フリークを発表 |
公式の沿革も、2022年を「MBOにより独立を回復」と記しています。大資本の傘下を離れたことで、どの機構に賭けるかという判断を自分たちで下せる立場に戻ったことになります。
2026年は、創業180周年とフリーク誕生25周年が重なる節目の年です(2026年09月時点)。Watches & Wonders 2026では、50本限定の[スーパー]フリークが発表されました。新キャリバーUN-252を搭載し、自動巻きのダブルトゥールビヨン・カルーセルを備えるとHaute Timeが伝えています。
25年前に文字盤と針を捨てた時計が、節目の年にさらに複雑な姿で帰ってきました。この流れを見ると、「挑戦を続ける」という形容が過去形ではなく現在形だと分かります。独立系の顔は、ほかの3つの顔が今も動いていることを示す顔といえそうです。
なぜ「知る人ぞ知る」ブランドなのか
ロレックスほどメジャーではなく、いわゆる雲上ブランドや5大ブランドにも数えられにくいものの、名門であることは揺らがない、というのが私のユリス・ナルダン観です。では、なぜこれほどの実績がありながら「知る人ぞ知る」にとどまっているのでしょうか。
理由は、格の問題というより規模と流通の問題だと私は考えています。2024年3月にswissinfo.chが掲載したインタビューで、同社CEOは年間製造本数を1万5000本、スイスでの雇用を300人と語り、過去5年で取扱販売店を半減させたと述べています。
国内の状況も同じ方向を向いています。公式の店舗検索に掲載されている国内拠点は、正規販売店18店とサービスセンター1か所で(2026年09月時点)、ユリス・ナルダン単独の直営ブティックの表記は見当たりません。
ユリス・ナルダンが「知る人ぞ知る」になる3つの理由
- 年間製造本数約1万5000本(2024年のCEO発言)という規模の小ささ
- 取扱販売店を半減させ、厳選した小売店に絞る流通戦略
- 国内は百貨店や時計専門店の正規販売店18店での展開(2026年09月時点)
つまり、街で見かける機会が少ないのは、作る本数と売る場所をあえて絞っている結果でもあるわけです。販売店の側からも、GINZA RASINが「知名度はロレックスやオメガ(Omega)に劣るが、独創性が強み」と位置づけています。
動画の世界では、ユリス・ナルダンには「マニアな“信者”が多い」と語る発信者もいます。知名度の低さは、裏を返せば熱量の高いファンが支えている証しとも読めます。
とまあ、偉そうに構造を語ってきましたが、ブランドの格付けそのものは見る人の物差しで変わるものです。業界での序列や評価の細かな話は、ユリス・ナルダンの格付けと業界での評価で整理していますので、気になる方はあわせてご覧ください。
ユリス・ナルダンが似合う人と評判の実像


ロレックスや雲上ブランドとの「伝わり方」の違い
ブランドの比較というと、点数や序列で並べたくなります。が、ユリス・ナルダンの場合は「誰に・どう伝わるか」で比べたほうが、実際に着けたときの姿を想像しやすいと私は考えています。
| ブランド像 | 伝わる相手 | 伝わり方 | 似合う人物像 |
|---|---|---|---|
| ロレックス | 時計に詳しくない人まで幅広く | 一目で誰にでも伝わる | 定番の安心感を大切にする人 |
| 雲上ブランド | 時計好き・目の肥えた層 | 格として伝わる | 伝統と格式を身にまといたい人 |
| ユリス・ナルダン | 時計好き・機械好き | 分かる人にだけ伝わる | 人と被らない、語れる一本がほしい人 |
分かる人にだけ伝わるというのは、言い換えれば「語ると伝わる」ということです。GINZA RASINは、ユリス・ナルダンを「語れる時計」と表現し、定番からのステップアップを考える人に向くブランドとして紹介しています。
個人の声としては、Yahoo!知恵袋(2013年12月)でブランパン(Blancpain)と比べる質問があり、格ではブランパン、日常使いならユリス・ナルダンという受け止めが見られました。点数では測れない「使い勝手の良い名門」という評価が、昔から一部に根づいていたようです。
シーン別の見え方も、恐らくはこの延長で考えられるでしょう。ビジネスの場ではロゴで主張しないぶん控えめに映り、休日はフリークやトルピユールの個性が会話のきっかけになりそうです。時計好きの集まりでは、むしろ一番話題をさらう一本になるかも知れません。
こうして見ると、ユリス・ナルダンが似合うのは、1本目で定番を経験し、2本目に「自分で選んだ理由を語れる時計」を求める人だといえます。周りからの分かりやすい評価より、自分の納得を優先できる人に向くブランドです。
どんな人がこのブランドを選んできたのかは、ユリス・ナルダンを愛用する著名人の顔ぶれを見ると、さらに具体的に想像できます。
アワーグラスで試着した3本の第一印象


実は私、アワーグラスを訪ねた際に、ユリス・ナルダンを3本まとめて試着したことがあります。フリークX、マリーン トルピユール、そしてアワーグラスの限定モデルとして作られたクラシコの3本です。
フリークXは2019年に発表された、フリークの入門機にあたるモデルです。初代にはなかったリュウズを復活させ、キャリバーUN-230を搭載し、パワーリザーブは72時間とされています。試着して何より印象に残ったのは、ムーブメントそのものが時刻を示す仕組みを、ショーケース越しではなく自分の手首の上で眺められたことでした。
マリーン トルピユールは、前の章で触れたとおり、私が「いつか狙いたい」と考えている一本です。実際に腕に載せてみると、二つ目の配置やローマ数字といったマリンクロノメーター由来の意匠を間近で確かめられました。
さて、最も印象が鮮やかだったのが、クラシコです。私の第一印象を一言でいえば、エレガントさと可愛さが同居したドレスウォッチでした。
ドレスウォッチは端正さや緊張感が先に立つものが多いなか、どこか柔らかな愛嬌が感じられたのが意外でした。恐らくは、エナメルやギヨシェを得意とする工芸の顔が、ドレスウォッチの堅さをほどよく和らげているのでしょう。
まあ、試着の数分で分かることなど限られています。着け続けたときの感触や精度については、試着だけで語れるものではありません。
それでも、3本を続けて試すと、海・前衛・工芸の顔がそれぞれ別の手触りで伝わってきました。なお、アワーグラスは銀座店が公式の店舗検索に掲載されている正規取扱店です(2026年09月時点)。
購入前に自分に似合うかをじっくり確かめたい方は、店頭での試着に加えて、腕時計のレンタルサービスで数日間着けてみるのも一つの方法です。
クラシコの現在と中古という選択肢


事前に知っておきたいのが、クラシコの現在の立ち位置です。ユリス・ナルダン公式サイトの「Discontinued Models(生産終了モデル)」のページには、クラシコ マニュファクチュールなどが掲載されています。
一方で、公式サイトのナビゲーションには、今もClassicoというコレクション名が残っています。ただ、正規店YOSHIDAの全シリーズ一覧に並ぶのはフリーク・ブラスト・ダイバー・マリーンの4つで、クラシコは含まれていません(2026年09月時点)。
大阪の正規店・貴人館は2022年8月のブログで、クラシコ マニュファクチュールの40mmは公式サイトから消え、入荷もほぼ止まったものの、スイス本社からの正式な生産終了の通知はないと伝えていました。
クラシコについて公式に示されていることは、レギュラーのクラシコが公式サイトの生産終了モデル欄に移り、正規店の現行ラインから外れているという点までです。コレクション全体の終了や、その理由をブランドが発表しているわけではありません。気になるモデルがある場合は、購入前に正規店でご確認ください。
ここからは私の見立てです。フリークやブラストの新作が相次ぐ近年の動きを見ると、ブランドは複雑機構のほうへ力を注いでいるように見えます。あくまで外から眺めた印象ですので、そう感じる、という程度に受け取ってください。
いずれにせよ、レギュラーのクラシコをこれから手に入れたい場合、現実的な入り口は中古市場になります。生産終了モデルは、新品の流通が細るほど中古でしか出会えなくなるからです。
中古で探す際は、保証書や付属品の有無、オーバーホールの履歴を必ず確認しておきたいところです。エナメル文字盤の個体であれば、ひび(ヘアライン)や欠けがないかも店頭で念入りに見ておくと安心です。
検証日:2026年09月。本記事の価格・相場は執筆時点(2026年09月時点)の参考値です。為替・市況により変動するため、購入・売却の判断は最新情報をご確認のうえ行ってください。
コレクション別の価格帯とイメージ
イメージを具体的な数字に置き換えると、ユリス・ナルダンの立ち位置がはっきりします。以下は正規店YOSHIDAに掲載されている税込定価の範囲(2026年09月時点)と、日本公式サイトが各コレクションに添えているキャッチです。
| コレクション | 公式のキャッチ | 価格帯(税込定価) | イメージの一言 |
|---|---|---|---|
| ダイバー | 持続可能なスポーツウォッチ | 1,342,000円〜7,557,000円 | ブランドの入口となるスポーツ |
| マリーン | 伝説的な計時機器 | 1,782,000円〜12,452,000円 | 海の顔を腕に載せる正統派 |
| ブラスト | 現代的なオート オルロジュリー | 1,804,000円〜(限定の超高額品あり) | 前衛を現代的な造形で見せる |
| フリーク | 革新的なアイコン | 4,851,000円〜62,656,000円 | ブランドの看板にして象徴 |
ブランド全体の新品の入口は、ダイバー42mmの1,342,000円です。つまり、入口は130万円台、看板のフリークは約480万円からという価格感になります。
マリーンでは、トルピユール42mmが1,782,000円です。前の章で紹介した実直な一本は、ブランドの中では手の届きやすい側に位置しています。
フリークの入口はフリークX 43mmの4,851,000円で、最上位には50本限定の[スーパー]フリークが62,656,000円で掲載されています。同じコレクションの中で10倍以上の開きがあること自体が、前衛の顔の振れ幅の大きさを物語っています。
なお、クラシコは正規店YOSHIDAの一覧には掲載されていません。前の章で触れたとおり、現行ラインから外れていることが価格表からも読み取れます。
入口の130万円台は、2本目の高級時計として現実的に検討できる価格帯です。が、その先の価格帯の広がりは大きく、どのコレクションを選ぶかでブランドの見え方もがらりと変わります。
検証日:2026年09月。本記事の価格・相場は執筆時点(2026年09月時点)の参考値です。為替・市況により変動するため、購入・売却の判断は最新情報をご確認のうえ行ってください。
リセールから見たイメージの弱点


ユリス・ナルダンのイメージを語るなら、リセールの弱さからも目をそらせません。正直、資産価値を理由にこのブランドを選ぶのは難しいです。
買取業者の大蔵屋はコラムの中で、ユリス・ナルダンのリセールを40〜50%程度とし、一部のモデルでは80%以上もあると説明しています(2026年09月時点で公開されている説明)。定価に対して半分前後という水準が、一般的な目安として語られていることになります。



定価の半分くらいになるって、やっぱり格が低いってことなんですか?



いえ、そこは分けて考えたほうがいいです。リセールの弱さは、知名度と流通の小ささから来る面が大きいと私は見ています。
新品の入口が130万円台(正規店YOSHIDA掲載)なのに対し、中古ではダイバーのエントリーモデルが50万円台から見つかる、と販売店のGINZA RASINは記しています。この定価と中古の差の大きさが、「格は大丈夫なのか」という不安を呼びやすい構造になっています。
実際、購入を検討する人の不安として多いのは、「知名度が低く周りに伝わらないのでは」と「リセールが弱いのでは」の2つです。知る人ぞ知るという性格は、売るときには買い手が限られるという形で跳ね返ってきます。
裏を返せば、中古で探す人にとっては、名門の時計を手の届きやすい価格で狙えるということでもあります。売る側と買う側で、同じ弱点が反対の意味を持つわけです。
モデル別のリセールの傾向については、リセールバリューの詳しい傾向で掘り下げています。手放すことを考えているなら、1社の査定だけで決めず、複数の買取店で相場を確かめてから判断するのが安全です。
検証日:2026年09月。本記事の価格・相場は執筆時点(2026年09月時点)の参考値です。為替・市況により変動するため、購入・売却の判断は最新情報をご確認のうえ行ってください。
よくある質問
ユリス・ナルダンはどこの国のブランドですか?
スイスのブランドで、1846年にユリス・ナルダンがル・ロックルに工房を設立したのが始まりです。マリンクロノメーターで名声を築き、公式によれば50以上の海軍に採用されました。2026年には創業180周年を迎えています。
ユリス・ナルダンは「雲上ブランド」に入りますか?
雲上ブランドには明確な定義がなく、一般的な「5大」に数えられることは少ないのが実情です。それでも、マリンクロノメーターやフリークの実績から名門であることは確かだと私は考えています。序列の詳しい話はユリス・ナルダンの格付けの考え方で整理しています。
ユリス・ナルダンを着けていると、周りからどう見られますか?
時計に詳しくない人には、ロレックスほど一目では伝わりません。一方で、時計好きや機械好きには「分かっている人の選択」として伝わりやすいブランドです。ロゴより中身で選んだことを自分の言葉で語れる人ほど、この時計がよく似合います。
フリークはなぜ針や文字盤がないのですか?
ムーブメントそのものが回転して時刻を示す仕組みで、輪列が巨大な分針を兼ね、香箱のカバーが時針の役割を果たします。1997年の構想を起点に複数の人物が形にし、2001年に発表されました。仕組みの詳細は前衛の顔を扱った章で解説しています。
まとめ:ユリス・ナルダンは「海と前衛の二重奏」
ユリス・ナルダンのイメージは、海・前衛・工芸・独立系という4つの顔に分けると、ばらばらに見えた像が一本につながります。その一本の線とは、1846年の創業からマリンクロノメーターで磨かれてきた航海計器の精度への執着であり、それが2001年のフリークの前衛にも、ドンツェ・カドランのエナメル文字盤の工芸にも通じているのです。



ちょっと前置きが長くなりましたが、最後に要点をまとめておきます。気になる顔から、自分に合う一本を探してみてください。
- 一言でいえば挑戦を続ける実力派マニュファクチュールで、1846年にル・ロックルで創業
- イメージは海・前衛・工芸・独立系の4つの顔に分けると、ばらばらに見えた像がつながる
- マリンクロノメーターは50以上の海軍に採用され、天文台認定品の77%を占めた時代がある
- 横浜はファーブル・ブラント商会と宇津木計器の創業の地で、日本との縁を地名で実感できる
- マリーン トルピユールは2017年発表で、二つ目配置や針の形に航海計器の意匠が残る
- 派手さはなくても実直に使える時計という評価が、前衛のイメージと並んで確かに存在する
- フリークは2001年発表、文字盤も針もリュウズもなくムーブメント自体が回って時刻を示す
- フリークは公式表現でシリコン部品を使った初の時計で、前衛と精度への執着が同じ線上にある
- フリークの原案はフォレスティエ=カザピ氏で、エクスリン博士が量産向けに再設計した合作
- 2011年にエナメル文字盤の名門ドンツェ・カドランを傘下に収め、工芸の顔を社内に持つ
- 2022年に経営陣による買収で独立を回復し、2026年は創業180周年とフリーク25周年が重なる
- 知名度が控えめなのは年産約1万5000本の規模と、販売店を絞り込んだ流通戦略の結果でもある
- ロレックスが誰にでも伝わる時計なら、ユリス・ナルダンは分かる人にだけ伝わる時計といえる
- レギュラーのクラシコは公式の生産終了モデル欄に移っており、今から手にするなら中古が中心
- 定価と中古の差が大きくリセールは弱点になりやすいため、売却まで考えるなら相場確認が必須
船の上で時を守った低音の旋律に、文字盤を捨てたフリークの高音が重なる。ユリス・ナルダンは、海と前衛という二つの声部が同じ精度への執着で響き合う二重奏のようなブランドです。エナメルの工芸がその和音を支え、独立を取り戻した今も演奏は続いています。
ユリス・ナルダンの顔をもう少し深く知りたい方のために、関連する記事を用意しています。格付けやリセールの具体的な傾向、愛用する著名人、エナメル文字盤のクラシコ、そして同じく知る人ぞ知る独立系メゾンの記事まで、気になるテーマから読み進めてみてください。イメージの輪郭がつかめたら、次は店頭で実物を手に取り、4つの顔のどれが自分に響くのかを確かめてみるのがいちばんの近道です。
自分にはどのブランドのどんな一本が合うのか迷ったら、まず診断で候補を絞ってみるのが近道です。





