オメガのスピードマスターに憧れを抱く中で、「スピードマスター レーシング」が他のモデル、特にプロフェッショナル(ムーンウォッチ)と比較して手頃な価格で流通していることに気づく方は少なくありません。
その価格差から、「なぜ安いのか?」「品質や性能は妥協されているのではないか?」といった疑問が浮かぶのは当然のことでしょう。
実際、スピードマスター レーシング 40mmモデルの評価を調べると、コーアクシャル搭載機としてのコストパフォーマンスを称賛する声が多く見られます。
一方で、スピードマスター レーシングとプロフェッショナルの違いは何か、という疑問も必ずセットで検索されます。また、ラインナップには44.25mmという大型で高価格なモデルも存在し、「レーシング」を一括りにできない複雑さもあります。
さらに過去には、シューマッハモデルのような人気限定版や、しばしば混同されがちな「リデュースド」というモデルも存在します。中古市場では、40mmモデルの生産終了情報も価格に影響を与えており、オメガの中で一番安いスピードマスターを探す層からも注目されています。
- スピードマスター レーシングが「安い」とされる3つの主な理由
- 伝説のムーンウォッチ(プロフェッショナル)との決定的な違い
- 搭載ムーブメント(Cal. 3330)の性能とコストパフォーマンス
- 「安くない」44.25mmモデルや限定モデルの実際の価値
この記事では、スピードマスター レーシングがなぜ安いのかという疑問に対し、その背景にある理由と、価格だけでは測れない「本当の価値」について徹底的に解明します。
スピードマスター レーシングがなぜ安いか?3つの核心的理由

スピードマスター レーシングが「安い」と認識される背景には、主に3つの明確な理由が存在します。それらを順番に解き明かしていきましょう。
理由①:ムーンウォッチという絶対的アイコンの存在
スピードマスター レーシングの価格を理解する上で、最も重要かつ避けて通れないのが、「スピードマスター プロフェッショナル」、通称ムーンウォッチという絶対的な比較対象の存在です。
オメガのスピードマスター・ファミリーにおいて、ムーンウォッチは単なる一つのモデルではなく、ブランドの象徴であり、時計業界全体における歴史的アイコンとして君臨しています。
月に行った唯一無二の伝説
多くの人が誤解しがちですが、1957年に誕生した初代スピードマスター(Ref. CK2915)は、宇宙ではなくレーシングドライバーのために設計されたクロノグラフでした。その名は「スピードマスター」であり、「スペースマスター」ではなかったことが、その出自を物語っています。
しかし、その運命は1960年代の宇宙開発競争によって一変します。1965年、NASAは有人宇宙飛行ミッション(ジェミニ計画・アポロ計画)で使用する公式装備品として、複数のブランドの時計を対象に極めて過酷な選定テストを実施しました。
- NASAによる過酷な選定テスト:このテストは、真空、高圧、激しい温度変化(-18℃から+93℃)、振動、衝撃、加速度など、宇宙空間で想定されるあらゆる極限状態を再現したもの
- この全てのテストを唯一クリアしたのが、オメガのスピードマスターだった
この結果、スピードマスターはNASAの公式装備品として認定され、1969年のアポロ11号による人類初の月面着陸に携行されました。さらに、アポロ13号のミッション中、酸素タンクの爆発という絶望的な状況下で、軌道修正のためのロケットエンジン噴射時間をスピードマスターで正確に計測(14秒間)し、クルーの生還に決定的な貢献をしたというエピソードは、その信頼性を不動のものとしました。
「本流」としての価格設定
この「月に行った時計」というストーリーは、他のどの時計も持ち得ない唯一無二の文化的・歴史的価値を生み出しています。コレクターや愛好家は、その歴史とロマン、そして信頼性の証に対し、高い対価を支払うことを厭いません。
オメガ自身もこの歴史的価値を深く理解しており、ムーンウォッチをブランドの「頂点」として位置づけています。その歴史的正当性を担保するため、心臓部であるムーブメントは伝統的な「手巻き」を継承し(宇宙空間の無重力下では自動巻きのローターが機能しない可能性があったため)、デザインも初代のDNAを色濃く残しています。
結果として、スピードマスターの世界では、このムーンウォッチが「本流」であり、すべての価値と価格の基準点となっています。
- 相対的な価格差の発生:そのため、ムーンウォッチとは異なる系譜、すなわち「自動巻き」ムーブメントを搭載し、よりモダンなデザイン言語を持つ「レーシング」は、その品質がいかに高くとも、歴史的価値という点ではムーンウォッチに及ばない
- したがって、レーシングの価格は、それ自体が絶対的に安いというよりも、「ムーンウォッチという絶対的基準と比較した場合に、相対的に安価な設定がなされている」と理解するのが最も正確
- 品質が低いから安いのではなく、比較対象の歴史的価値が突出して高すぎる、というのが第一の理由
理由②:ムーブメントの系譜(Cal. 3330)と製造コスト

「安い」という認識が定着した最も直接的かつ技術的な理由は、特に人気を博した40mm径のスピードマスター レーシングに搭載されたムーブメント「キャリバー3330」の出自にあります。
時計の価格を決定づける最大の要因は、その心臓部であるムーブメントの製造コストです。
「ETA/バルジュー7750」という傑作ベース
ムーンウォッチが伝統的なレマニア(現在はブレゲ傘下)をルーツに持つ専用設計の手巻きムーブメント(Cal. 1861や現行のCal. 3861)を搭載しているのに対し、キャリバー3330は、そのベースがスウォッチグループ傘下のムーブメント製造会社ETA社が供給する「ETA/バルジュー7750」にあると広く知られています。
バルジュー7750は、1974年の登場以来、世界中の数多くの時計ブランドに採用されてきた、信頼性と耐久性に非常に優れた自動巻きクロノグラフムーブメントの傑作です。時計業界では「ワークホース(働き者)」とも評され、その設計の完成度は高く評価されています。
その最大の強みは、長年にわたる膨大な生産量に裏打ちされた「量産性」と「コスト効率の高さ」にあります。
- ムーンウォッチ (Cal. 3861など):ムーンウォッチ専用、あるいはその系譜のムーブメントとして、製造ラインや部品が最適化されていますが、その歴史的背景と構造を維持・進化させるためには相応のコストがかかる
- レーシング (Cal. 3330):スウォッチグループ内で大量生産され、コストが徹底的に管理された「ETA7750」という共通の「エンジンブロック」を利用できることで、ムーブメントの基礎部分にかかる開発・製造コストを劇的に抑えることが可能
「マニュファクチュール」との価格差
時計の世界では、ムーブメントを自社で一貫して開発・製造する「マニュファクチュール」であるか、ETAのような専門メーカーの汎用ムーブメント(あるいはそのベース)を使用しているか、という点が「格」や価格に大きく影響します。
一般的に、ゼロからムーブメントを開発するには莫大な開発費用と時間、高度な設備投資が必要となるため、マニュファクチュールムーブメント搭載機は高額になります。
スピードマスター レーシング(40mm)は、実績ある汎用ムーブメントをベースとすることで、開発・製造コストを戦略的に抑制し、ムーンウォッチよりも低い価格帯を実現しました。これが、レーシングの価格設定の経済的・技術的な根拠です。
ただし、ここで絶対に誤解してはならないのは、「ETAベース=安物」ではないということです。オメガがCal. 3330に施した改良は、単なる流用とは一線を画すものであり、その詳細は後述します。
MOMOMOなるほど!ETAベースだからこそコストを抑えられたんですね。でも品質は妥協していないと。
理由③:ブランド戦略と豊富なバリエーション
3つ目の理由は、オメガの巧みなブランド戦略(マーケティングと製品ポートフォリオ)にあります。
オメガは、シーマスター、デ・ヴィル、コンステレーション、そしてスピードマスターといった強力なコレクションを展開していますが、その中でも「スピードマスター」ファミリーは特別な存在です。オメガは、このファミリーの中で各モデルの役割を明確に分けています。
ターゲット層の棲み分け
スピードマスター・ファミリー内での役割分担は以下のようになっています。
- ムーンウォッチ(プロフェッショナル)の役割:ブランドの「頂点」であり、歴史と伝統を象徴するアイコン。ターゲットは歴史的ロマンを求める時計愛好家、コレクター層。高価格帯を維持し、ブランド全体の権威性とステータスを担保する
- レーシング(特に40mmモデル)の役割:ブランドの「入り口」であり、現代性と実用性を象徴するエントリーモデル。ターゲットは初めて高級時計を買う層、若い世代、日常的な使いやすさを重視する実用派。モダンなデザインと手の届きやすい価格で、オメガブランドの新たなファン層を獲得・拡大する
ムーンウォッチが「歴史的ロマン」という情緒的価値を売りにするのに対し、レーシングは「自動巻き」「日付表示」「100m防水」といった日常的な使いやすさ(実用価値)と、優れたコストパフォーマンスを最大の武器としています。
このように、レーシングはムーンウォッチとは異なるターゲット層に向け、戦略的に価格が設定されたモデルなのです。
「選択のパラドックス」と市場価格
この戦略を支えるため、レーシングはムーンウォッチとは対照的に、非常に多彩なバリエーションで展開されました。
ムーンウォッチが「黒文字盤」を基本とする不変のデザインを守っているのに対し、レーシングはイエロー、レッド、ブルーといった鮮やかなアクセントカラーを用いたモデルや、文字盤に「クル・ド・パリ」装飾を施したモデルなど、デザインの選択肢が豊富に用意されました。
この「バリエーションの多さ」は、消費者の多様な好みに応える一方で、市場価格の観点からは以下のような影響をもたらします。
- 需要の「集中」と「分散」:ムーンウォッチは基本デザインが一貫しているため、購入希望者の需要が特定のモデルに集中しやすく、高い人気と価格を維持しやすい
- 一方、レーシングは選択肢が多いために購入希望者の需要が分散され、特定のモデルに人気が集中しにくい構造になっている
- 結果として、中古市場では全体的に価格が抑えられ、「手に入りやすい」=「安い」という印象を強める一因となっている
スピードマスター レーシングの本当の価値を見極める


ここまで「なぜ安いか」という疑問の理由を解き明かしてきましたが、次に重要なのは「安いだけではない、本当の価値」を正しく理解することです。価格の背景を知った上で、その技術的価値と多様性を見ていきましょう。
Cal. 3330の隠された高性能
ここまで、Cal. 3330が「ETAベース」であり、それが価格を抑える要因になっていると説明してきました。しかし、オメガは単にバルジュー7750をそのまま流用したわけでは決してありません。
Cal. 3330には、オメガが誇る革新的な技術が惜しみなく投入されており、その性能は「単なるETAベース」という表現では語り尽くせない高みに達しています。


コーアクシャル脱進機の優位性
Cal. 3330が搭載する最大の技術的特徴は、「コーアクシャル脱進機」です。これは、オメガが世界に先駆けて実用化した、時計業界における革新的な機構です。
従来の「スイスレバー脱進機」は、ムーブメントの心臓部である脱進機のパーツ同士が、動作の度に摩擦を伴う「滑り接触」を繰り返します。この摩擦は潤滑油の劣化を早め、数年ごとのオーバーホール(分解掃除)を必要とする主な原因となっていました。
一方、コーアクシャル脱進機は、摩擦を極限まで減らす「転がり接触」を実現する設計により、潤滑油の劣化を大幅に抑制します。理論上、オーバーホールの頻度を従来の3~5年から、8~10年程度まで延ばすことが可能とされています。
これは単なる「便利機能」ではなく、時計の長期的な維持コストを劇的に削減する、極めて実用的で経済的なメリットです。
Si14ヒゲゼンマイと耐磁性
さらに、Cal. 3330のヒゲゼンマイ(時計の精度を司る極めて重要な部品)には、「Si14」と呼ばれるシリコン製のヒゲゼンマイが採用されています。
従来の金属製ヒゲゼンマイは、磁気の影響を受けやすく、スマートフォンやパソコン、磁気を発するカバン金具などに近づけると、時計が磁気帯びを起こし、精度が大きく狂う可能性がありました。
しかし、シリコンは非磁性素材であるため、磁気の影響を受けません。現代の磁気に溢れた生活環境において、この耐磁性は日常使いにおける大きな安心材料となります。
また、シリコンは金属よりも軽量で、温度変化による伸縮も少ないため、精度の安定性にも寄与します。
コラムホイール式クロノグラフ
クロノグラフ機構の操作感を決定づける部品に、「カム式」と「コラムホイール式」の2種類があります。一般的に、カム式の方がコストを抑えられますが、操作フィーリングはコラムホイール式の方が滑らかで心地よいとされています。
Cal. 3330は、より高級な「コラムホイール式」を採用しています。クロノグラフのスタート・ストップボタンを押した際の「カチッ」という感触は、単なる機能を超えた、所有する喜びを高める要素です。
COSC認定クロノメーター
Cal. 3330は、スイス公式クロノメーター検査協会(C.O.S.C.)による「クロノメーター」認定を受けています。これは、ムーブメントが複数の姿勢差、温度変化のもとで15日間にわたるテストを受け、厳しい精度基準(日差-4秒~+6秒以内)をクリアした証です。
Cal. 3330は、ETAベースでありながら、オメガが独自に施したこれらの技術により、「高性能かつ実用的な、現代の優れたクロノグラフムーブメント」としての地位を確立しているのです。



ETAベースだからと侮れないですね!オメガの技術がしっかり注がれている。
自動巻き&日付表示という圧倒的実用性
スピードマスター レーシングが持つもう一つの大きな魅力、それは「自動巻き」と「日付表示」という、現代の日常使いにおける圧倒的な実用性です。
ムーンウォッチは、その歴史的意義を守るために「手巻き」を継承しており、日付表示もありません。これは伝統とロマンを重視する選択ですが、実用性という観点では、ある種の不便さを伴います。


自動巻きの利便性
手巻き時計は、毎日決まった時間に自分でリューズを巻き上げる必要があります。これを「儀式」や「機械との対話」として楽しむ人もいる一方で、忙しい現代人にとっては、正直なところ「面倒」と感じることもあるでしょう。
腕に着けている限り、自動的にゼンマイが巻き上がる「自動巻き」は、何も考えずに着けるだけで動き続けるという、圧倒的な手軽さを提供します。
日付表示の実用性
ムーンウォッチに日付表示がないのは、宇宙飛行士にとって「日付」という概念があまり意味を持たなかったからとも言われています。しかし、地上で暮らす私たちにとって、日付表示は極めて実用的な機能です。
会議の日程、書類の日付、日々の予定管理において、腕時計を見るだけで日付を確認できる利便性は、一度慣れてしまうと手放せません。
レーシングは、3時位置に視認性の高い日付窓を備えており、日常のあらゆるシーンで活躍します。
100m防水という安心感
さらに、レーシングは100m防水(ムーンウォッチは50m防水)を備えています。これは、手洗いや雨天時はもちろん、プールや海でのレジャーでも安心して着用できるレベルです。
高級時計でありながら、日常生活のあらゆるシーンで神経質にならずに使える、この「タフな実用性」こそが、レーシングの最大の魅力の一つなのです。
生産終了による中古市場での評価
スピードマスター レーシング 40mmモデルは、Cal. 3330を搭載した多くのバリエーションが既に生産終了しています。(2025年10月時点)
一般的に、生産終了は「希少性の向上」につながり、中古市場での価格上昇要因となることがあります。しかし、レーシング40mmの場合は、必ずしもそうなっていません。
なぜ中古価格が上がらないのか
その主な理由は、前述した「バリエーションの多さ」にあります。生産終了していても、市場には多数の個体が流通しているため、希少性による価格上昇圧力が限定的なのです。
さらに、オメガが現在「マスタークロノメーター」という新たな高付加価値モデルを展開しているため、相対的にCal. 3330搭載機は「一世代前」と見なされる傾向もあります。
コストパフォーマンス狙いには絶好のチャンス
しかし、これは購入者にとって悪いニュースばかりではありません。むしろ、「優れた性能を持つ時計を、極めて合理的な価格で手に入れられる絶好の機会」と捉えることもできます。
中古市場では、状態の良いスピードマスター レーシング 40mmが、30万円台後半~50万円程度で見つかることも珍しくありません。(2025年10月時点の相場)
新品のムーンウォッチが約100万円前後、新品のレーシング44.25mmが140万円以上することを考えれば、Cal. 3330搭載機の中古は、オメガのスピードマスターを手に入れる最も「賢い選択」の一つと言えるでしょう。



生産終了でも価格が上がらないのは、コスパ重視派にはむしろチャンスなんですね!
決して安くない44.25mm マスタークロノメーター
ここまで「レーシング=安い」という文脈で話を進めてきましたが、この認識を根底から覆す存在が、現行ラインナップの「スピードマスター レーシング 44.25mm」モデルです。(例:Ref. 329.30.44.51.01.001 など)
これらのモデルは、「安い」どころか、ムーンウォッチと同等か、それ以上に高価なプレミアムラインとして明確に位置づけられています。
「レーシング」という同じ名前を冠していても、40mmモデルと44.25mmモデルは、ターゲット層も、搭載技術も、価格も全く異なる、完全に別物の時計として理解する必要があります。


オメガの最先端技術の結晶「Cal. 9900」
その価格の最大の理由は、搭載されているムーブメントにあります。これらのモデルは、Cal. 3330(ETAベース)ではなく、オメガの完全自社開発・製造(マニュファクチュール)による最高峰の自動巻きクロノグラフムーブメントである「キャリバー 9900」シリーズを搭載しています。
Cal. 9900は、オメガの技術の粋を集めたフラッグシップ・ムーブメントであり、そのスペックはCal. 3330を遥かに凌駕します。
- マスタークロノメーター(METAS)認定:スイス連邦計量・認定局(METAS)による認定で、従来のC.O.S.C.(クロノメーター)認定が「ムーブメント単体」の「精度」のみを検査するのに対し、METASは「時計本体(ケースに組み込まれた状態)」で、精度、防水性、パワーリザーブ、そして耐磁性能など8項目にわたる厳格なテストを行う
- 特に耐磁性能は15,000ガウスという驚異的なレベルを誇り、これはMRI(磁気共鳴画像装置)の強力な磁場にも耐えうるレベル。日常生活において、磁気帯びを心配する必要は皆無
- パワーリザーブ約60時間、シースルーバック(裏蓋がガラス)から美しいムーブメントの動きを鑑賞できるなど、あらゆる面でプレミアムな仕様
「レーシング」は技術革新の象徴
デザインも、44.25mmという存在感のあるケースサイズ、伝統的な3カウンターではなく2カウンター(3時位置に60分計と12時間計を同軸で表示)のモダンなレイアウトを採用しています。
これらのモデルの新品定価は、ステンレスモデルで140万円を超えるものが中心であり(2025年10月時点、オメガ公式サイト参照)、ムーンウォッチ(約100万円~)よりも高価格帯に設定されています。
さらに2023年には、日差0~+2秒という機械式時計として驚異的な精度を可能にする、オメガの革命的な新機構「スピレート™システム」を搭載した「スピードマスター スーパーレーシング」(定価約180万円)も発表されました。
この事実は、「レーシング」という名前が、単なるエントリーモデルの名称ではなく、オメガのルーツ(モータースポーツ)への敬意と同時に、オメガの「技術革新の最前線」を象徴する名前でもあることを決定的に示しています。「レーシング=安い」という認識は、この44.25mmモデルの存在によって完全に否定されるのです。
シューマッハなど限定モデルの評価


スピードマスター レーシングの価値の多様性を語る上で、特定の「限定モデル」の存在も欠かせません。
スピードマスターはそのルーツがモータースポーツにあることから、F1との関わりも深く、特に1990年代から2000年代にかけては、当時のF1界の「皇帝」として君臨した伝説的ドライバー、ミハエル・シューマッハとのパートナーシップモデルを多数リリースしました。
ここで注意すべきは、これらの人気モデルの多くが、厳密には「スピードマスター リデュースド(Ref. 3510.12 イエローなど)」や、Cal. 3330が搭載される以前の「レーシング(Cal. 1152などバルジュー7750ベースの初期型)」をベースにしていた点です。
デザインと希少性による価値
これらのモデルの最大の特徴は、通常のスピードマスターにはない、極めて大胆なカラーリングです。シューマッハが当時所属していたフェラーリチームを彷彿とさせる鮮烈なレッド(Racing Red)やイエロー(Racing Yellow)、あるいはブルーといった文字盤が採用されました。
また、専用のボックス(タイヤを模したケースや、チェッカーフラッグ模様のものなど)が付属するなど、特別感のある仕様もコレクターの心を掴みました。
- コレクターズアイテムとしての価値:これらのシューマッハモデルは、生産終了から長い年月が経過した現在も中古市場で高い人気を誇っており、状態の良い個体は、ベースとなった通常のリデュースドや初期レーシングの中古相場よりも明らかに高値で取引される傾向がある
- これは、ムーンウォッチが持つ「歴史的価値」とも、Cal. 3330搭載機が持つ「技術的価値」とも異なる、「デザインの独自性」「スター選手との関連性」、そして「限定生産による希少性」という、純粋なコレクターズアイテムとしての価値が評価されている好例
- スピードマスター レーシングのラインナップは、このように多様な価値観を受け入れ、それぞれの層に魅力的なモデルを提供してきた懐の深さも持っている



伝説のドライバーモデルとなると、また違った価値基準が生まれるんですね。
コストパフォーマンス最強モデルとしての結論
さて、ここまで「スピードマスター レーシング」が「安い」とされる理由と、その多面的な価値について分析してきました。結局のところ、スピードマスター レーシングは「買い」なのでしょうか?
この問いに対する答えは、あなたがスピードマスターという時計に何を求めるかによって、明確に異なります。
あなたのニーズ別に、どのスピードマスターが最適かを整理します。
- ① ムーンウォッチ(プロフェッショナル)を選ぶべき人:NASAや月面着陸の「歴史的ロマン」を時計に求める人。手巻きムーブメントを毎日自分で巻き上げる「儀式」や、機械との対話を楽しみたい人。時代に左右されない「不変のデザイン」と、資産価値としての「安定性(リセールバリュー)」を最優先する人
- ② レーシング(40mm / Cal. 3330搭載機)を選ぶべき人:歴史的ロマンよりも、「日常使いの圧倒的な利便性」(自動巻き、日付表示、100m防水)を最優先する人。ETAベースであっても、コーアクシャルやSi14といった「オメガの先進技術」の恩恵を、合理的な価格で受けたい人。ムーンウォッチは高価すぎると感じており、50万円以下(中古市場)の予算で、最高の「コストパフォーマンス」を求める賢明な消費者
- ③ レーシング(44.25mm / Cal. 9900搭載機)を選ぶべき人:予算は問わず、「オメガの最先端技術」(完全自社製、マスタークロノメーター、超高耐磁性)を体験したい人。40mmや42mmでは物足りず、44mmオーバーの「存在感のあるモダンなデザイン」を好む人。「レーシング」という名が持つ、技術革新の最前線という側面に魅力を感じる人
結論として、スピードマスター レーシングの40mmモデルは、決して「ムーンウォッチの廉価版」や「安物」ではありません。
それは、オメガが誇る先進技術(コーアクシャル、Si14)の恩恵をしっかりと受け継ぎつつ、高い実用機能(自動巻き、デイト)と、手の届きやすい戦略的な価格設定を両立させた、「スピードマスター・ファミリーにおける最強のコストパフォーマンス・モデル」の一つであると断言できます。
総括:スピードマスター レーシングがなぜ安いと認識されるか
今回の記事で解説した内容を振り返ります。



最後に、今回の記事内容のポイントをまとめます。
- スピードマスター レーシングが「安い」という認識は主に40mmモデルに起因する
- 絶対的アイコンであるムーンウォッチ(プロフェッショナル)が価格の基準となっている
- ムーンウォッチはNASAの月面着陸という不変の歴史的価値を持つ
- レーシング40mmのムーブメントCal. 3330はETA/バルジュー7750がベースである
- ETAベースは量産性に優れ、プロフェッショナルの手巻きムーブメントより製造コストを抑えられる
- ただしCal. 3330は単なるETAではなく、オメガ独自の技術で高度に改良されている
- コーアクシャル脱進機、Si14ヒゲゼンマイ、コラムホイールを搭載する高性能機である
- スイス公式クロノメーター(COSC)認定も取得しており、精度も非常に高い
- プロフェッショナルにはない「自動巻き」と「日付表示」機能を持ち、実用性に優れる
- レーシングは多様なバリエーションがあり、ムーンウォッチよりエントリーしやすい戦略的モデルである
- 「リデュースド」はレーシングとは異なり、ピギーバック式ムーブメントを採用していた
- 一方で44.25mmのレーシングモデルは「安くない」プレミアムラインである
- Cal. 9900シリーズのマスタークロノメーターを搭載し、オメガの最先端技術が投入されている
- 40mmモデルは生産終了しており、中古市場でコストパフォーマンスの高い個体が注目されている
- 結論として、レーシング40mmは「廉価版」ではなく「高コスパな実用機」という独自の価値を持つ
今回は、オメガ スピードマスター レーシングが「なぜ安いのか」という疑問について、その理由と本当の価値を解説しました。
「安い」という認識が主に40mmモデルに起因すること、そしてその背景には「ムーンウォッチという絶対的アイコンの存在」「ETAベースのムーブメント(Cal. 3330)によるコスト効率」「エントリーモデルとしてのブランド戦略」という3つの理由があることをご理解いただけたのではないでしょうか。
しかし、単に安いだけでなく、コーアクシャルやSi14ヒゲゼンマイを搭載した高い技術力と、自動巻き・日付表示といった優れた実用性を兼ね備えた、非常にコストパフォーマンスの高いモデルであることも重要なポイントです。
オメガの時計にさらに興味を持たれた方は、オメガのブランド全体や他のコレクションについて解説した記事も参考になるでしょう。
また、同じスピードマスター・ファミリーの象徴である「ムーンウォッチ」の歴史や魅力を深掘りした記事にも、興味を持たれるかもしれません。



